随想:エッセイ

音楽が終わる前に 2
アクセル・ローズ "NOVEMBER RAIN"

新宿にGEORGE V という名前のコーヒー店がある。その店には入口の扉のすぐ横に小さな丸テーブルに椅子が二脚だけの個室のような席があって、一人になるのに適している。他の席や奥のカウンターから離れていて他の客や店の人が気にならないし、外に面した縦に細長いガラス窓から見えるのが、前のビルの壁と人通りのあまりない道路だけなのもいい。

 去年の十一月のある日、私はひとりでその席にすわっていた。この店に入るのはたいてい夕食の買物をすませたあと、午後三時か四時くらいで、その時間はいつも客が少なく、かかっているクラシックの音も小さい。
 運ばれてきたコーヒーを少しのんで、いつものようにウォークマンのヘッドホンをはめた。このときウォークマンに入れていたのは九月にCDを買ってからずうっと聴いているガンズ・アンド・ローゼズの最新二枚組アルバムの「ユーズ・ユア・イリュージョン」。さっきテープを止めたのがちょうど曲が終わったところだったらしく、スイッチを入れてもしばらく音が聴こえない。
 と、ピアノの音が鳴って、オーケストラとメロディーを奏ではじめた。あ、"NOVENBER RAIN"。ピアノとオーケストラにかぶさるように力強くてやさしいドラムがゆっくりとリズムを刻んでいって、やがて、アクセル・ローズが
 "WHEN I LOOK INTO YOUR EYES……」と歌い始めた。

"AND IT'S HARD TO HOLD A CANDLE IN THE COLD NOVEMBER RAIN "

NOVEMBE RAIN……。コーヒー店のガラス窓から外を見ると雨。まさに冷たい十一月の雨。心の中に目をうつせば、やはりつめたい雨。理由(わけ)の知れない不安という雨が心の中でもう何日も降りつづいている。生きていることが疎ましく、生きている自分が疎ましく、途方にくれて過ぎていく毎日。生活の方はコリン・ウィルソンのいう「ロボット」が全部やってくれているからどうということはないけど、冷い雨が心の燈の火(キャンドル)を消してしまっている。この世につかむに足るものはなにもない……。

"WE'VE BEEN THROUGH THIS SUCH A LONG TIME 
JUST TRYIN TO KILL TO KILL THE PAIN"

アクセルがしわがれた声でやさしく歌う歌に心が重なっていく。いいなあ、この歌(バラード)。「ロボット」が働きはじめないように心を歌だけに向けて……。

"IF WE COULD TAKE THE TIME TO LAY IT ON THE LINE
I  COULD REST MY HEAD"

REST MY HEAD……。ああ、わかる。感じることを休みたい、考えることを休みたい、そして生きることを休みたい。

" DO YOU NEED SOME TIME ON YOUR OWN
DO YOU NEED SOME TIME ALL ALONE"

 そう、ひとりになるって必要。だからひとりになりたくて、こうしてひとりでコーヒー店にいる。なのに、いまはそれでも心にやすらぎがない。

" I KNOW IT'S HARD TO KEEP AN OPEN HEART
WHEN EVEN FRIEDS SEEM OUT TO HARM YOU
BUT IF YOU COULD HEAL A BROKEN HEART
WOULDN'T TIME BE OUT TO CHARM YOU"

そう、そうなんだよねと歌をとおして、私はアクセルと問答(やりとり)をつづけていく。
アクセルの歌を聴いていて、「アクセル・ローズの生きている自由」を考えることがある。私にはやれないことを自由に生きているアクセルがやってくれて、そのアクセルの目をとおして世の中を体験できる。
もちろん、アクセルの生きている自由は高い代償を払って得ているもので、ほとんど代償を払わずに
いる私の得られるものは心の自由だけだけれど、朋友(とも)がかわりに自由に生きてくれている。
どんなふうに生きているのか具体的なことは知らなくても、歌を聴いていると何をどんなふうに感じ、考えているかがわかる。アクセルが払っている代償が高いということ、それは深く傷ついているということ、だからそれを想うと涙があふれてくる。

歌につづいてスラッシュのギター・ソロになった。ことばが介在せず、ギターの音色そのままに心がそまっていく。
冷たい十一月の雨にも消えずに火をともしている燈(キャンドル)が遠くに見えてくる。美しくて、どこまでもまっすぐで、やさしいスラッシュのギター。

"SO NEVER MI ND THE DARKNESS
WE STILL CAN FIND A WAY
CAUSE NOTHIN' LASTS FOREVER
EVEN COLD NOVEMBER RAIN"

アクセルが重い、あたたかい、しわがれた歌声で私を慰め、励ましてくれる。
「つめたい十一月の雨もいつかは降り止む」と。
 気がつくと心の中に降っていた雨がいつのまにか止んでいた。何日もつづいていた不安感がなくなっていた。

"EVERYBODY NEEDS SOMEBODY
YOU'RE NOT THE ONLY ONE
YOU'RE NOT THE ONLY ONE "

YOU'RE NOT THE ONLY ONEとたからかに歌いあげて"NOVEMBER RAIN"が終わった。
ウォークマンのスイッチをとめて、テーブルの上を見ると、白い小さな花瓶に活けてある花が目に入った。さっきから見えていたはずなのに、それはきっと私の「ロボット」が見ていたのだろう、このときはじめて花を見た。花のいのちを感じた。心に燈(あかり)がともっている。この世につかむに足るものがあるのかどうか、それは、いまはもういい。とにかく生きてみることだ。
さあ、コーヒーをもう一杯のんで、家に帰ろう。
このとき聴いた"NOVEMBER RAIN"は一つの体験だった。そして、その体験のあとでは、私はそれまでとはちがう私になったはずだ。

今年の二月。ガンズ・アンド・ローゼズの東京ドームのライブに行った。歌うためにあれほど鍛えられた体のロック・ヴォーカリスト、はじめて見た。ステージの上のアクセル・ローズの美しいといえるまでの誠実さには圧倒された。
あれほど完璧に圧倒されても、それでもなお、アクセルはわが朋友(とも)であった。
アクセルがピアノを弾きながら歌ったこのときの"NOVEMBER RAIN"は、私の心にまたちがう風景を映したけれど、それを描くのはまたいつか、別の絵筆で。

「ガレージ・ランド」 Vol.3